私のおにぎり物語

少女がつくってくれた
人生最高のおにぎり

分とく山 総料理長
野崎 洋光(のざき ひろみつ)

先人たちが培った
「おにぎり」という芸術

日本人にとってコメは最高の食材です。コメを炊くことは先人たちの知恵。和食は味が淡いコメを頂点として組み立てを考えますが、コメが主役の「おにぎり」は和食の原点。とりわけ塩にぎりは、コメのうま味を一番引き立たせる究極の料理です。さらに梅干しの酸味、海苔や昆布の旨味に食物繊維も加わることで「おにぎり」はバランス食として完成します。簡便かつ、シンプルで美しい。「おにぎり」は先人たちが培った芸術です。

目に見えない
“愛情”が込められた母の味

「おにぎり」は、先人の理にかなった知恵が詰まっているだけではなく、ごはんにおかずを少しずつつまみながら、口の中でそしゃくしながら仕上げていく「ロ中調味」という、和食の考え方そのものとも言えます。また、炊きたてはもとより、冷めたごはんもおいしくいただける「おにぎり」は、優れた携帯食として日本の食文化の発展に大きく寄与しました。「おにぎり」で思い出すのは、なんといっても母親の味。子どもの頃、母親がおやつにと握ってくれた、戸棚に置かれた大きな「おにぎり」が忘れられません。「おにぎり」には、目には見えない愛情が込もっています。

人生で最もおいしかった
「どら焼き状のおにぎり」

これまで私が食べた中で最高においしいと感じた「おにぎり」は、小学5年生の女の子が作ってくれた「どら焼き状のおにぎり」です。これは茶碗の縁を器用に使い、手で握らずにまとめられたものでした。「おにぎり」は、握ろうと思ってはいけません。余計な力が入り、せっかくの米粒がつぶれてしまいます。握るというより、まとめるという意識で形を整え、米粒と米粒がくっつき合わせられる程度が良いのです。

2000粒のプラチナのような白いコメでできた「おにぎり」には、日本人の心そのものが詰まっています。みんなが食べて笑顔になれる「おにぎり」を、応援していきましょう。

分とく山 総料理長
野崎 洋光(のざき ひろみつ)
プロフィール
福島県石川郡古殿に生まれ。武蔵野栄養専門学校を卒業後、東京グランドホテル(和食部)、八芳園を経て、「とく山」の料理長に就任。1989年、西麻布に日本料理店「分とく山」を開店し、総料理長となる。テレビを中心に各種メディアでも活躍しており、2004年のアテネオリンピックでは、長嶋茂雄監督の依頼により野球日本代表チームの総料理長を務めた。「食の原点は家庭料理にあり」という思想への共感者も多く、各種イベントや講演などの誘いも多い。

TOPページ

クレライフ ホーム クレハおにぎりプロジェクト私のおにぎり物語少女がつくってくれた人生最高のおにぎり